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キングコング型

ティッパタッパタパタパタ

T字路にいた二人 2

ダブンタン&ダブンチョ
少し前の冬、夕方の出来事について。
私はNさんと食事に行く約束をしていた。
 
私は普段あまり外食、特に何か美味しいものを、
という理由で時間を空けてまでというのは少ない。
だが、その数日前に訪れた徳島ではうどん、
広島では広島焼きを食べ損ねてしまい、
美味しいものを食べたい欲が、
行き場を求めて彷徨い苦悩し、殴り合いや激論、
そして絶望の末に天に召されていたのだ。
 
待ち合わせ場所は某駅から徒歩1分、
T字路にある、古金貨専門店である。
約束の時間に私が着くと、すでにNさんは到着していて、
会うなり、まくしたてるように話し始めた。
 
「家を出てから、急にストーブの電源切ったか気になってしょうがないんですよー!
あー、気になる!つきっぱなしだと危ないじゃないですか!?
火事になるかもしれないし!ていうか、そういうことあるでしょ!?」
 
相変わらずスイッチがオンの時のテンションが高い。
高すぎる…。
こちらの意見を求めてるはずなのに、
こちらが喋るタイミングは、見つけさせてくれない。
 
しばらくまくし立てたNさんが少し落ち着いたタイミングで、
「とりあえず向かいましょうか」
と、私は移動を促した。
 
 
駅から見てT字路を左に向かい、踏切で通過電車を上り下りの2台分、待つ。
電車の通過中も、Nさんはボリュームをあげて話し続けた。
さすがにこの瞬間は黙るかと思ったが、どうやら私の予想は甘かったようだ。
常に最悪の事態を想定して行動しなければ。
戦場なら私は死んでいた(実際にはここは戦場ではない)。
 
踏切を渡り、またしばらく歩く。
引き続きNさんは「ストーブガーストーブガー」状態のままだ。
 
ちなみに、私ももちろん同じようなことはある。
あれ、今日ガスコンロの火を切ってきたかな?
と、何がきっかけか突然気になったりすることはある。
というか、つい最近あったばかりだ。
それまで全く気にも留めなかった日常の何かが、
妙に気になって仕方ないという現象。
何か名前をつけたいぐらいだ。
今度あったら名前をつけてやる。
 
私の場合、気になることにはしっかり向き合わないと気が済まない性分なので
その時は適当に理由をつけて自宅まで確認しに戻ったが。
 
そこまで気になるなら一度自宅に戻りますか?と言いかけた時、
ちょうどNさんの好きな手袋屋さんの前に来た。
そこからは、Nさんは打って変わって手袋の話ししかしない。
目的の料理屋に着いたが、あいにく混雑していたので、
店の前でしばらく空席を待つことになった。
私は店先のメニューを見ながら注文を考えていたが、
Nさんはまだ手袋の話をしている。
毎年冬になると、去年買った手袋が見つからないらしい。
私の身近にもう一人そういう人がいますよ、と相槌をうち、そのまま、
「そろそろ席も空きそうですし、注文を決めといてくださいね」
と伝えると、ようやくNさんはメニューを手にとった。
 
あれだけずっとストーブの電源のことを気にしていたのに、
手袋屋さんの前を通ってからは、ストーブの「ス」の字も出てこない。
手袋の話ばかりだった。
あの店通過前とあの店通過後のNさんは、別人のようだった。
 
 
そして、Nさんの「注文決まりました。」とほぼ同時に、
ドアが開き、店員さんに呼び込まれた。
 
私が先に店に入った瞬間だった。
突然、これまで感じたことのない強烈な揺れを感じ、
直後に「コップの水に氷を入れた時に鳴る」ビシッというような音、
実際にはその何倍もの大音量、が響いた。
 
とっさに振り返ると、
Nさんは割れた大地の闇に、
吸い込まれていった。